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異邦人のまなざし   フェノロサと日本美術の再発見

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異邦人のまなざし   フェノロサと日本美術の再発見

異邦人のまなざし   フェノロサと日本美術の再発見

2025/10/07

異邦人のまなざし  フェノロサと日本美術の再発見

 

 

異邦人のまなざし──フェノロサと日本美術の再発見

明治十一年、アメリカから一人の哲学者が海を渡ってきた。名をアーネスト・フェノロサ。彼は政治学と哲学を教えるために来日したが、やがてその眼差しは、仏像の微笑や襖絵の余白に宿る「見えないもの」へと向かっていった。

美術ではなく、精神を見た人

フェノロサが魅了されたのは、単なる造形美ではなかった。廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる中、彼は仏教美術の中に、失われかけた精神の静けさと尊厳を見出した。狩野芳崖との交流、岡倉天心との共闘──それらは、日本美術を「保存」するのではなく、「再発見」する旅だった。

「日本画は、空間の沈黙に語らせる芸術である」
― フェノロサ(講演『美術真説』より)

法明院に眠る理由

フェノロサは晩年、滋賀・三井寺の塔頭「法明院」で戒を受け、仏教徒としての人生を歩み始める。彼の遺言はこうだった──「どうしても琵琶湖の見えるこの土地で死にたい」。その言葉通り、彼の遺骨は法明院に分骨され、今も静かに眠っている。

琵琶湖を借景とするその墓地は、まるで彼の思想そのもののようだ。広がり、沈黙し、語らずして伝える。

WABISUKEとの響き

フェノロサのまなざしは、WABISUKEが目指す「詩的な普遍性」とも深く響き合う。異国の人が見出した日本の美──それは、私たち自身が忘れかけていた「静けさの価値」なのかもしれない。

 

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